罪悪感を感じる仕事はしたくないと思う今日この頃

私は2年間ケーブルテレビの会社で営業をしていました。ケーブルテレビの会社と言っても、固定のインターネット回線や固定電話回線も一緒に売っています。ケーブルテレビ、固定のインターネット回線、固定電話回線が主な商材でした。その時のことを今でも考えるのですが、その仕事のことを書こうと思います。

 

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・簡単な営業手法の説明 

営業手法は、ほとんどが一般家庭のお宅にお邪魔して営業する直訪型です。「いきなり家に行ってあげてもらえるの?」と思われる方もいるでしょう。そこの会社には営業ようのマニュアルが用意されていて、訪問の大義名分があるのです。集合住宅だったらテレビの電波の測定・メンテナンス、戸建ての住宅だったら家の前のケーブルの説明などと言って訪問するのです。私が退社したのは、もう約2年前なので、もう変わっているかもしれませんが。

 

・その仕事について今思うこと

 

最初はピンポンを押すのも嫌でした。いや過去形ではなく、今またやれと言われても嫌で仕方ないでしょう。でも何故嫌なのかを考えた時に、「罪悪感が大きな要因なのではないか」というのに最近思い当たりました。私は集合住宅担当でしたので、担当になって建物に電波測定・メンテナンスの案内をまず配布します。ネット上ではメンテナンス商法などとも叩かれているようです。そして、連絡をくれない家には何度も足を運んで、ピンポンを押して留守だったら、案内をもう一回ポストなどに入れます。これを毎日のように行うのです。

 

正直なところ、住居者側からしたら迷惑な行為だと個人的には思う訳です。まず、私は自分が家にいて、知らない人がいきなり来たら絶対に家に入れませんし、そもそも出ません。また、何回も同じ案内が入っていたら恐怖すら感じる人もいるでしょう。「自分がやっていることは、ただの迷惑行為ではないのか」という思いが頭をよぎるのです。このような罪悪感がを抱えながらの仕事は、今考えてみると私には正直しんどかったです。感覚が麻痺してきていたのか、ピンポンを押すの段々と苦痛ではなくなっていた部分もあります。しかし、心の奥底では嫌だと感じていたのでしょう。結局、その仕事を辞めるという選択もしましたし。

 

もちろん、お客様から契約を喜んで頂いたり、感謝されることもあり、そこにはやりがいを感じていました。また、「自社の良いサービスを紹介するのだから、お客様は自分と会えてラッキーだ」とも思うようにしていましたし、実際に思っていたこともあります。特に調子の良いときなどは。しかし、「この仕事を続けていくのは無理だろうな」という思いも自分の中にはありました。それは、やはりピンポンしたりするのが、迷惑行為だという罪悪感が心から抜けなかったからのように思えるのです。友達などに仕事のことを話すのはあまり気が進まなかったですし、誇りを持ってできる仕事ではありませんでした。それは、比較的いい成績を残しても変わりませんでした。いい成績を残しても誇りも感じられませんでした。成績がいいことを褒められるよりも、お客様から感謝されたりした時に、一番やりがいを感じていました。

 

今更かもしれませんが、これだけは言わせて頂きたいのです。私は会社のことを批判したいわけではなく、自分には合わなかったなと思うだけです。「仕事だからしょうがない」と割り切れる人もいるでしょう。私にはその割り切りができなかったのです。もう罪悪感を感じる仕事はしたくないなと今は思っています。世の中そんなに甘くないのかもしれませんが。

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